野球で喩えるとワンスリーで低めの球に手を出すレベル

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恋愛ゲームについて考えたこと


僕が人生で初めてそういうゲームをやったのは、中学二年生の時だった。

その時、ゲームを貸してくれた先輩はこう言った、

「こういうゲームは18歳になってみないと本当に楽しむことはできないよ(´(ェ)`)」

その言葉を聞いた当時の僕はその言葉を全く解することができなかった。

何言ってんだこの童貞としか思わなかった。

エロが全てだと、ゲームはオナニーの道具としてしか機能しないと、そう思っていた。

そして、その考えは恥ずかしながら、つい最近まで続いていた。

その考えを変えてくれたのが、「妹選抜☆総選挙」だった。

可愛い妹たちとイチャイチャできるADVだ。設定とかは公式サイトを見てもらいたい。

結論から言うと、こういうゲームは富士山や、ナイアガラの滝、オーロラなどの大自然と同じなのだ。

僕たちは圧倒的なまでの宇宙の巨大さと自己の存在の矮小さを感じて感動するのだ。

つまり、こういうことだ。

ゲームの中では365人の妹といちゃつける。しかも、全員可愛い。特に茉莉ちゃん可愛い。いま攻略してる。踏まれたい。

風俗店よりはるかに安いお値段で女の子とのイチャイチャ会話も楽しめてエッチもできるなんて素晴らしすぎないか・へ・

ここでより大切にしたいのは、イチャイチャできるということだ。エッチすることは、AVでもできる。

そこを理解できていなかったのだ。より非現実的なのはエッチすることではなく、イチャイチャすることだ、と。

そう、AVとは違って、イチャイチャ会話が楽しめるという点で恋愛ゲームは優っているのだ。

中学二年生の時は、まだ「もしかしたら青春をエンジョイできるかもしれない(かわいい女子校生とイチャイチャ会話できるかもしれない)」と心の片隅でそう思っていたのだろう。

そこで、その頃の僕はなんと愚かなことか、女子校生とイチャイチャすることが、エッチすることよりも難しく、貴重であることに気づいていなかった。

そういうわけで、その圧倒的なまでの非現実性と同時に眼前に広がる素晴らしさを理解できなかったのだ。(実際、会話シーンはウザったいと思って飛ばしていた。エロしか僕の目には入らなかった)

まるで、星空を眺める時の感動のようなものを楽しそうに会話してくれる彼女たちは僕たちに与えるのだ。

18歳、つまり高校生の終わりの年齢にならないと、その素晴らしさには気づくことができない。と、先輩はおっしゃっていたのだ。



こんな高校生活を送りたかった……
と。そういう気持ちがフツフツと湧き上がってくるのだ。
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  1. 2012/12/28(金) 15:51:17|
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